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南信州伝統野菜の源助かぶ菜

 『源助かぶ菜』(別名:飯田かぶ菜)の起源は、愛知県稲沢市にあった井上源助採種場で箕輪蕪(諏訪紅蕪)と関西系のカブ品種との交配から育成されたのが始まりだとされています。井上源助採種場は、安政元年(1854年)生まれの井上源助により創設された採種場で、ここの『源助かぶ菜』の種の育成は、2代目源助こと三男の井上市太郎が中心となって行っていたようです。大正から昭和前期にかけては、初代、2代目源助がともに飯田周辺を定期的に行商に来ていました。その努力もあり、この長野県の上下伊那地方に、昭和初期に普及しました。長野県内に現存するカブ・ツケナ類の中で、唯一、育成から定着までの来歴が明らかになっている品種とされています。
 現在では、飯田下伊那地域でのみ栽培がされている非常に稀少な品種ですが、地元では人気が根強く、多くの家庭で漬けられているようです。
 この『源助かぶ菜』は、野沢菜の仲間で、非常に良く似ているものの、野沢菜と比較して葉の部分の面積が大きいのが特徴。葉質は柔らかでもちもちした食感、そして味があり甘みもあります。漬けるときに、柿の皮を一緒に漬け込むと、いっそう甘みが引き立ちます。
 味に対する評価は高い一方で、広く普及した野沢菜に対し、『源助かぶ菜』は、葉に含まれるアントシアニン色素が、漬け汁を濁らせ、見た目がどうしても悪くなってしまうため、加工販売流通にうまくのることができずに、あまり広く流通することはありませんでした。しかし、知る人ぞ知る、とても美味な漬物として知られているため、この『源助かぶ菜』の漬物の価値を見直す動きが出てきています。
 また、野沢菜と較べ、その栽培には非常に手間がかかります。葉がやや硬めでアクも多少あるため、霜に当たらなければ甘みや旨みがでません。さらに、元々、野沢菜の収量の約7割しか収穫できないと言われていますが、霜に当たるごとにその収量は減っていきます。霜に当たれば収量は減るが、霜に当たらなければ旨みが出ない。手間隙かかるわりには収量があがらない、繊細な野菜なのです。
 収穫可能な期間は、霜が降り始める11月〜12月末まで。現在では本漬の他、浅漬として加工されるのが一般的ですが、浅漬に関しては、原料を冷蔵庫で大切に保管し、2月くらいには完売してしまうという、大変希少価値が高く、地元でも口にするチャンスが限られた漬物となっています。この希少性から、最近では下伊那地域の特産品として大切に守っていこうという取り組みも行われており、地元の直売所などでも加工販売されるなど、再び脚光を浴び始めている漬物なのです。

源助かぶ菜源助かぶ菜

写真協力及び資料提供:長野県喬宝漬物株式会社

 

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